気持ちを溜め込みがちな人はブログ始めてみるとスッキリするかも

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人を殺したい気持ちと、仕事をしながらずっと戦っていました

 

日本刀でスパッと―――

切り抜くことを想像してわくわくしていました

 

好きと嫌いが激しくて、殺したいと思った人間が必ずいました

誰でもいいって思ったことは無くて、必ず特定の人間がその時々で存在しました

 

上司であるか、同僚であるか、得意先の人か

複数いた時期もしばしば

 

気持ちを溜め込むことが殺意を増幅させた

 

ムカつく、ムカつく、ムカつく

殺意は、どこにも吐き出せない憎悪が腫れ上がった末の感情

 

その感情は日々大きくなって、僕を駆り立てて、妄想と現実を近づけていきます

 

「どうやって殺すか?」

 

絶対にやるわけがないと自分でわかっていても

その気持ちが湧き上がるたびに自分が怖くて、闘争本能がむき出しになることに興奮を抑えきれない

 

もう組織で働くのは無理だと思ってネットに逃げ込んだ

 

精神的なコンプレックスはどんどん大きくなって

このままでは本当に自分が何をするかわからないと感じた

 

組織で働く以上人がいるから、組織から離れようと思ってネットに逃げ込んだ

手始めにととりあえずブログを開設した

今はもう無いけど、このブログの前にゴリゴリの殺意と生死を書き込んだブログがあった

 

僕はそこに会社であった出来事と、その殺意と、

テレビで取り上げられる殺人のニュースなどを片っ端から書いていった

もちろん見てくれる人なんて3日に1人、間違って踏んだような人ばかり

それでも良かった

 

1人でも2人でも、自分が悩んでいたことが、いつか誰かの目に止まる

それを考えただけで心が救われた

 

来る日も来る日も書き続けた

それで何とか人を殺さず、きっちりと退職することができた

今も刑務所には入らずこうやって一日2,000人近い人にブログを読んでもらえるまでになった

 

僕はブログをやってよかったと思ってます

 

それはなぜか?

人を殺さなかったこともあるけど

 

自分の気持ちが邪魔物じゃなくなった

 

仕事をしてブログをやっていなかった時の自分にとって

感情や気持ちは仕事を邪魔するとても厄介なものでした

 

悩めば疲れるし、怒ればエネルギーを使う――

 

感情はいらない、何も悩みたくないし、何も感じたくない

ずっとそうおもっていました

 

ブログを始めてみると、僕のその感情が記事になって、間違ってでもいいから、少しだけでも人の目に触れる

 

このブログ(とろやん)では、鬱や転職活動の記事も書いています

そこにイイネをしてくれる人がいます

 

僕にとってずっと邪魔だった感情―

 

死にたい 殺したい 生きていたくない 生かしておきたくない

 

その感情に、イイネを押してくれる人がいました

 

周りの人は一見生き生きと働いているように見える

僕だけじゃないのか?人を殺したいほど悩んで、仕事が何回も変わっているのなんて―

 

ずっと孤独でした

 

でも、読者の方々のおかげて僕は救われて、また記事を書いて、見てもらって、何とか生きています

 

気持ちを溜め込みがちな人はブログを始めてみるとスッキリするかも

 

何の価値も無いと思っていた自分の悩みや愚劣な体験が

誰かにイイと思ってもらえるものに変わる瞬間ほど嬉しいことはありません

 

この記事だって僕の感情の垂れ流しですが

誰かの目に止まって、死にたかったり殺したかったりする人が、ブログを始めて少しスッキリしてもらえたら

僕がこの記事を書いた意味は十分にあったということになります