震災後7年の福島の「いま」

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ままどおる郡山市

 

震災後7年の福島の「いま」

 

この間たまたま福島県に寄りました

場所は福島市

もっと北上する過程で足を止めました

 

震災があって7年、福島はどうなっているんだろう

知人が福島市出身のため、福島の現状知っといてもいいだろうと思いました

 

中通りは避難してきた人が増えたね」

 

立ち寄った駅前のデパートの椅子に腰を下ろしていたところ、買い物帰りで少し疲れたようなおばあちゃんが横に腰を下ろしました

 

「旅の恥はかき捨て」を地で行くように、普段人見知りな僕は、そのおばあちゃんに声をかけました

 

「よその県から来たんですけど、福島は震災後どうなってますか?」

 

おばあちゃんは世間話をするように笑って話し始めました

 

「落ち着いたわけでもねぇけど、あんまし気になんねない。むしろ中通り浜通りから避難してきた人が増えてちとにぎやかになったかもしんねな。」

 

おばあちゃんが話したままを記したつもりですが方言の言い回しが間違ってたらごめんなさい

 

調べたところ中通り福島市郡山市がある福島県の真ん中を縦断してるくくり

浜通りは相馬市や原発事故のあった大熊町がある海沿いのくくり

もう一つの会津地方を含めて福島県は3つの大きなくくりで構成されている

 

「生活はどうですか?」

 

「避難してきたわけでもねぇし、友達が震災で死んだわけでもねぇから、おらいんとこは変わんねぇな」

 

このおばあちゃん、こういった質問されるのに慣れてるのか、僕が聞きたいことに淡々と的確に答えてくれた

 

一見穏やかに見える福島市

 

おばあちゃんとの会話はそれで終わった

おばあちゃんの言葉が的確すぎてそれ以上聞くことがなくなった

おそらくその言葉以下でも以上でもないのだろうと思わせる含蓄があった

 

福島市は穏やかに見えた

平日でも家族連れやカップルもたくさんいて、にぎやかだった

どこかに悲壮感を隠している様子もなく、むしろ何かを抱えているんじゃないかと疑ってしまう自分を少し恥じた

だって多分自分は福島を特別視していたから

「みんなつらいんじゃないか」とか何か問題を抱えていると思ってた

実際、問題がない人なんていない

だけど福島が特別悲惨という気持ちは薄めても良さそうだった

 

 

 

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避難してきた人は?

 

今回は避難してきた人には出会えなかった

ただ前述の知人の実家近くには避難してきた人がいるらしく、その知人は母親から

「この地域の生活に馴染もうとしてる」

と聞いたことがあると話していた

 

正直、避難してきた人の苦労は知らないし、逆にもしかしたら東電からの賠償金で生活が豊かなのか?といやらしく考えてしまう事もある

 

そんなんわけないだろと怒られても仕方はないけど

賠償金の話だけがニュースで取り上げられるとどうしても目立ってしまう

 

できれば避難してきた人の話も聞いてみたいけど、避難してきた人は見世物じゃない

震災を語り継いで風化させたくない人もいれば思い出したくない人もいる

 

そのうちどこかで話ができれば

 

それでもめいっぱい豊かだった福島

 

今回は福島市にメインで立ち寄ったけど花がとてもキレイな名所をチラッと見れた

花見山というらしい

 

事前知識もなく興味本位で立ち寄ったおかげで後から調べた情報が多くなってしまったけど

あのおばあちゃんと話してよかったと思ってる

 

あんまり震災と関係ないけど、方言がとても可愛かった

まさにおばあちゃんといった感じの方言で

いつまでも元気でいてほしいと思った

 

まとまりのない話になってしまって失礼しました

 

 

はじめての福島学

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